この誕生日がすごい!【1月24日】昭和の名女優が二人も生まれた日

昭和の名女優・市原悦子と野際陽子は、まったく同じ日(1936年1月24日)に生まれた

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昭和を代表する二人の名女優の意外な共通点

市原悦子さんと野際陽子さんは、昭和の名女優として多くの作品に出演し、人々に感動や笑いを届けました。二人は偶然にも同じ日に生まれたという共通点がありますが、その他にもさまざまな違いや共通点があります。

ここでは、二人の生い立ちや女優としての活躍、人柄などを比較して紹介します。

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銀行員になるはずだった、市原悦子さん

まず、二人の生まれた場所と育った環境について見ていきましょう。市原さんは千葉県千葉市に銀行員の父と元教員の母の長女として生まれました。

9歳で疎開先の四街道市で敗戦を迎えた後、中学校2年生で千葉市末広中学校へ転校しました。ここで演劇クラブに入り、教師の岩上廣志から演劇の楽しさを教わりました。高校は千葉県立千葉第一高等学校(現在の県立千葉高校)に進学し、演劇部で活動しました。

高校卒業後、富士銀行に就職が決まっていましたが、演劇への思いが断ちがたく、劇団俳優座養成所に6期生として入所しました。1957年に入団し、『りこうなお嫁さん』でデビューしました。

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初代ミス立教からNHKアナウンサーになった、野際陽子さん

野際さんは石川県河北郡津幡町で生まれました。

しかし、父親の仕事の都合で富山県富山市や東京都杉並区で育ちました。杉並区立杉並第五小学校、立教女学院中学校・高等学校、立教大学文学部英米文学科を卒業しました。

大学時代は初代ミス立教に選ばれ、ESSの英語劇セクションと劇団テアトルジュンヌに所属しました。大学卒業後、1958年にNHKにアナウンサーとして入局しました。3か月の研修後に名古屋放送局に赴任し、天気・婦人番組を担当しました。1960年にNHK東京放送局に赴任し、テレビ『おはようみなさん』の司会を週1回担当しました。

二人の女優になるまでの道のりは、市原さんは演劇に魅せられ、銀行員しての安定した暮らしを捨てて劇団に入ったのに対し、野際さんはアナウンサーとして活躍していたのを見出されて女優に転身したという違いがあります。しかし、二人とも女優としての才能や努力は抜群でした。

市原悦子さんの代表作と言えばコレ!

次に、二人の代表作について見ていきましょう。

市原さんは舞台・テレビドラマ・映画・アニメなど幅広いジャンルで活躍しました。舞台では『千鳥』で芸術祭奨励賞、『トロイアの女』で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞しました。

テレビドラマでは『頑張れ!かあちゃん』『家政婦は見た!』シリーズ『バスガイド愛子』シリーズ『おばさんデカ 桜乙女の事件帖』シリーズなどで主演を務め、高視聴率を獲得しました。

映画では『黒い雨』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、『うなぎ』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞しました。

また、アニメでは『まんが日本昔ばなし』で常田富士男さんとともにすべての登場人物の声を演じ分け、たいへん親しまれました。

野際陽子さんの代表作と言えばコレ!

野際さんも舞台・テレビドラマ・映画・バラエティー番組など多方面で活躍しました。

舞台では『ハッピー・エンド』で歌唱力を披露しました。テレビドラマでは『キイハンター』で主題歌の「非情のライセンス」も歌い、人気を博しました。

その後は『抱きしめたい!』『ダブル・キッチン』『長男の嫁』シリーズ『ジューン・ブライド』『浅見光彦シリーズ』『サラリーマン金太郎』シリーズ『京都迷宮案内』シリーズ『TRICK』シリーズ『ほんまもん』『新選組!』『ドラゴン桜』『花嫁のれん』シリーズ『DOCTORS〜最強の名医〜』シリーズなどに出演しました。

映画では『秀吉』で豊臣秀吉の正室・ねね役を演じました。バラエティー番組では『いつみても波瀾万丈』『旅の香り』などで司会やナレーションを務めました。

二人の代表作は、市原さんは家庭的な役やコミカルな役が多く、野際さんはクールな役や着物姿の姑役が多いという印象があります。しかし、二人とも演技の幅はとても広く、様々な役柄に挑戦しています。

仕事を離れれば、おちゃめな女性だった

最後に、二人の人柄について見ていきましょう。

市原さんは女優業にかけては超ストイックで、自分が納得するまで何度でも演技を繰り返すほど真面目でした。しかし、プライベートではいわゆる天然なところがあり、シヤチハタのハンコやパエリアの米に驚いたりしたという、おちゃめなエピソードがあります。

また、市原さんは幼少期に空襲に遭い、飢えに苦しんだ経験から、反戦や反原発の運動にも積極的に参加しました。人々の幸せを思いやる温かみのある人柄でした。

野際さんは女優としてはクールで知的なイメージがありましたが、実はとてもユーモアがあり、人懐っこい性格でした。NHKのアナウンサー時代には、独身寮の部屋に強盗が入り、ナイフを突きつけられ金銭を奪われたという恐ろしい体験をしたことがあるそうですが、それを笑い話にする豪快さもありました。

また、パリから帰国した時には、日本ではまだ珍しかったミニスカートを着用して話題になりましたが、それは自分のファッションセンスを披露したかったからではなく、パリで買ったスカートがたまたまミニスカートだったからだと語っています。野際さんは自分のことを「おしゃれなんて全然わからない」と語っていますが、それがかえって自然な魅力になっていたのかもしれません。

まとめ

市原悦子さんと野際陽子さんは、昭和の名女優として多くの名作に出演し、人々の記憶に残る存在となりました。

二人は同じ日に生まれたという偶然の縁で結ばれましたが、その生い立ちや女優としての道のりは、かなり異なっていることがわかりました。

しかし、共通点として、二人とも演技の幅が広く、様々な役柄に挑戦し、大女優としての名声を日本の芸能史に遺したことは紛れもない事実です。また一方で、二人とも人柄が温かくてユーモアがあり、仕事に対しても真摯でした。市原さんと野際さんは、昭和を代表する名女優としてだけでなく、人としても尊敬されるべき人物でした。